04/07: 理化学研究所 / 上田泰己 氏
理化学研究所 / 上田泰己 氏:incu-be*02号掲載記事
医学部生時代からソニーコンピュータサイエンス研究所、山之内製薬での研究経験を持ち、27歳の若さで大学の教授職に相当する理化学研究所のチームリーダーに就任。上田さんの名前を一躍有名にしたこれらの経歴も、やりたいことを実現するための通過点に過ぎない。「大事なのは、自分が何をやりたいのかということ。それによって選ぶべき道は複数あって、その方が面白いと思うのです」。
研究との出会い
生命とは何か。この大きな問いに対して、上田さんは生物の体内時計に着目した具体的な課題に落とし込み、現在、朝、昼、夜といった時間のリズムを作り出すしくみを明らかにしようと挑んでいる。
今は生物分野の研究に従事する上田さんだが、高校生の頃好きだった教科は物理や数学だ。特に、推論を重ねる演繹的な思考に惹かれていたという。「ただ、演繹法で扱う対象となると、物理が相手にする宇宙はリアルではない。生命や精神、特に人というのは対象として面白いなと高校の時に思っていました」。そんな上田さんは高校生の頃「大学を見てみたい」と当時通っていた高校の校長先生にお願いをし、東京大学医学部の研究室を訪れたことがある。退官間近にも関わらず、研究が楽しくて仕方ないと子供のように語りかける研究者に迎えられ「研究の世界って変なところだな」と思ったことが研究との出会いだった。
こうした経験を経て、やがて東京大学医学部に入学し、3年生から医学部の専門課程で生物学の授業を受け始めるのだが、何故か面白くない。当時、生物学で行われていたのは、細胞内の現象に関わる役者の同定が主流だった。「これは手法としてはあまり面白くない。その次のステップがあるだろう」と考えていた。生命とは何か、医学が前提としている健康や、病気のメカニズムとはどのようなものなのか。どうすればこういったことが定義できるのだろうか。新しい生物学の予感に漠然とした不安と期待を感じていた。
新しい生物学の手法へ
大学3年の1996年に大腸菌と酵母のゲノム(全DNA配列情報)解読が発表された。その驚きとともに、生物が持っている遺伝子の数が全てわかることの意義について、研究室の先生と散々議論を交わした。エネルギー合成、DNA複製、転写といった細胞内での現象を、諸々の因子の挙動の総体として理解する生命科学が始まるのではないか。それまでの分子生物学の手法で一度に扱える因子はせいぜい数個に過ぎない。「そこから一度に数千、数万の因子を扱う生物学へと転換するには、手法を根本的に変えなければいけない」と思った。
一度に数千以上のサンプルを扱うには、自分で手を動かす代わりに自動化された機械を使わなくてはいけない。そして、そこから出てきたデータを効率的に処理するなら計算機も必要だ。「卒業まであと2年しかない」。卒業までに機械と計算機にふれなければと気がはやった。
研究の場所を選ばず
大学4年の暑い夏の日、計算機を使った生命科学を始めようとしていたソニーコンピュータサイエンス研究所の北野宏明さんのもとに飛び込んだ。「北野さんは汗臭い変なやつが来たなーって、どうしようとか思ったらしくて(笑)」。そんな印象も上田さんから溢れる情熱の前に消え、ソニーの研究所で細胞内のプロセスを計算機でシミュレーションする研究が始まった。そして、残る機械についてのノウハウが得られる場所も、自ら探した。
製薬企業には機械を使って数千、数万のオーダーで薬剤などの刺激に対する細胞の反応を調べる技術がある。ということは、ノウハウを学ぶには絶好の場所だ。自らコネクションを作り、大学5年の時にはプロジェクトに参加するまでになった。何をやりたいかで研究の場所も変化する。必ずしもそれはアカデミアとは限らないのだ。
卒業後もそのまま製薬企業で研究を続けると決めていたという上田さん。だが、大学のように自分で試行錯誤できる実験系が身近にある場所で、ウエット(生物試料を使った研究)の実力を磨く必要性も感じていた。そのために大学院に進学し、学生として製薬企業と共同研究をする手は簡単に考え付くところだが、最終学年である6年の時、大学に企業の人を受け入れる体制ができることを知る。上田さんは「体制を逆手にとって、企業の人として大学院に社会人入学する」ことを選ぶ。既成の枠の中で自分の場所を探すのではなく、やりたいことに応じて自分のやり方を変える。自分の場所は自分で創るのが上田さんのやり方だ。
やりたいことによって選ぶべき道は変わる
上田さんは現在、体内時計の動作原理に迫ろうとしている。そのために、刺激を定量的に変化させていった時の体内時計遺伝子の応答を調べている。新たに始めようとしているアプローチは、機械で制御しながら異なる量の薬剤をサンプル毎に与え、様々な量の薬剤に対する体内時計の変化を一挙に調べるものだ。しかし、細胞を使って一度に大量の実験を行おうとしても、そのために必要な計測機が売っていない時代。「自分で作らんといかんとですよ」。
どうしたら大量のサンプルを定量的に測定できるかを探す中で、マイクロフルイディクスという方法を知ったという。マイクロフルイディクスとは、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)と呼ばれる半導体分野で定着している微細加工の技術を利用して、ガラスやシリコンの基板に流路やバルブなどを作って微量の溶液の流れを操作する方法だ。実験室に設備を導入し、直ぐに試せる環境を用意した。
ソニーや山之内製薬に飛び込むなど、その時々のやりたいことに対して既成の枠にとらわれないアプローチで目的を達成してきた上田さん。もし、今、学生として現在の研究に取り組むとしたら、どんな場所に飛び込んでいるのだろうか。「今、僕が大学生だったら、マイクロフルイディクスをやっている研究室にたぶん行きますね」。その時に、目指す場所に応じて、歩むべき道は変わる。道がなければ自ら道を創り出す。大事なのは自分が何をやりたいのかだ。そこには、キャリアの安定も、名声も関係ない。目的に向かって一心に進んでいく冒険家のように、上田さんの挑戦はこれからも続く。

04/06: 総合研究大学院大学(国立遺伝学研究所) / 鈴木えみ子 准教授
総合研究大学院大学(国立遺伝学研究所) / 鈴木えみ子 准教授
「いろいろやってみるけれど、結局は好きなことに収束する。それで良いのではないでしょうか」。電子顕微鏡室で鈴木准教授は穏やかに呟いた。
心惹かれる観察
電子顕微鏡を覗いていると、時が経つのを忘れる。鈴木准教授のベースは形態学にある。デスクの周りには大自然の風景や、植物の写真がところどころに飾られている。子どもの頃から身近な動植物をはじめ、自然に心惹かれていた。研究室に入って興味を持ったのは顕微鏡を使って観察する生き物の形だった。既に固定されているものの、切片から観察できる特徴的な生き物の形を目にすると心が落ち着いた。
博士課程での研究を通して、形態学の可能性をはっきりと感じた。研究していたマウス肝細胞の顕微鏡観察から、「発生過程において、肝細胞は内皮細胞と出会うことによって分化する」ということが現象としてわかった。だが、目の前の写真が物語る仮説を証明する術を学生だった当時は持ち合わせていなかった。
現象を観察し、仮説を立ててから数年後、その仮説を裏付ける研究結果が生化学者によって発表された。それは「内皮細胞と肝細胞との間で、分泌因子による相互作用がある」というものだった。「やはり、そうだったか」。研究をしていて、最もうれしい瞬間だった。
研究の幅が広がる
観察に主眼を置く形態学は、それだけで全てのことがわかるわけではない。けれども「見る」ということで、様々な仮説が生まれてくる。好きなことに夢中になるうちに、いつの間にか電子顕微鏡の技術を買われて共同研究の依頼が増えてきた。共同研究で実感したことは、ひとつの課題に対して、生化学、分子生物学、遺伝学といろんな視点や手法でアプローチを行えば研究が進む。論文のトップオーサーではないかもしれないけれど、研究に貢献している感覚を持てるようになった。自分がリードする格好ではないことに、批判意見を浴びたこともある。けれども、「その時自分にできる最良のことをする」という誇りを持って続けてきた。
神経発生を軸に様々な研究を他の研究者とともに進める中で、「自分が形態学で観察したことを基に立てた仮説を自ら証明したい」と考えるようになった時、遺伝研のポストに出会った。自ら研究室を主催する立場になり、分子生物学に精通した研究者を助教として招き、新たな挑戦を始めた。鈴木研究室に集うのは立場こそ違えども、みな大切な共同研究のパートナーだ。
自分のペースで続ける大切さ
静岡県三島市にある遺伝研での研究活動を行うために、東京にいる家族と離れて平日は単身赴任で過ごす。女性ということで研究に支障を感じたことはないが、子育て期間は研究ペースを落としたことも確かだ。子ども達が成長した今、充実した環境で研究に没頭する。形態学から得た仮説を証明するための挑戦の場所は獲得した。さらに、遺伝研では、これまで無縁だった植物系の研究者からも共同研究の声がかかる。活躍の分野も広がっていく。「私と電子顕微鏡は一心同体」。確かな観察技術を軸に自分のペースで研究を継続する。

04/05: 奈良先端科学技術大学院大学(NAIST) / 玉置祥二郎 博士研究員
奈良先端科学技術大学院大学(NAIST) / 玉置祥二郎 博士研究員
2007年、日本から世界へ、研究者を興奮させるような発表があった。その研究の中心にいたのは、玉置祥二郎さん。右も左もわからない研究分野に入って、6年。たった6年で、世界を驚かせるような成果を出せたのは、実力はもちろんのこと、一から学べるしくみと支えてくれた人たちのおかげであった。
新たな分野への挑戦
学部時代は、植物、その中でも日本人に一番身近な「イネ」を育てる研究を行っていた。田んぼに出て、トラクターや運搬車を運転し、イネを栽培するのが主な仕事だ。どんな肥料をあげればうまく育つのか。それは、科学的な視点より感覚的な部分や経験則による部分が多かった。
「今後は、植物を経験則ではない別の方面から研究をしたい。その中でも日本人の主食、イネについて、もっと深く知りたい」。そこで、分子生物学的にイネを研究している研究室がある奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)に進学することを決めた。
独自の教育カリキュラム
研究分野が変わることで、不安はあった。今まで、野外での活動が多く、分子生物学的なことをやっていなかったために研究自体が全く想像できなかったのだ。しかし、実際に入学してみると研究に対する不安はすぐに消し飛んだ。
NAISTには、他の大学院にはない教育計画がある。入学するとまず、3ヶ月を超える集中講義が行われ、基礎知識をしっかりと固める。入学時の知識レベルに応じて、ひとりひとりのカリキュラムが組まれるため、他分野からの学生も不安なく研究に入ることができる。
研究室に配属されるのは入学から半年後。高度な機器が揃い、研究に専念する環境の中で、修士1年生からポスドクまですべての学生に教授もしくは准教授がつき、研究計画のきめ細かい指導をするのはもちろんのこと、担当の教官以外に複数の教官が研究のアドバイスを行う。世界に通用する研究者を育む教育カリキュラムだ。
信頼できる人との出会い
「ここは、研究する環境としては抜群です」と笑顔で語る。玉置さんの行っている研究は、花が咲くメカニズムを解明するというもの。それには、「フロリゲン」という物質が大きく関わっている。フロリゲンは、葉で作られ、花芽がつく場所である茎の先端まで運ばれることはわかっていたが、どのような物質であるのかは解明されていなかった。2005年、フロリゲンはmRNAであるという発表がされ、フロリゲンの研究に終止符がうたれたと感じた研究者もいた。周りからもmRNAで決まりとの声もあったが、これまでの実験結果から、玉置さんは「タンパク質がフロリゲンの正体ではないか」という仮説を持つようになっていた。指導教官の島本功教授のところに相談に行くと「君がこれまでやってきた実験のデータを信じる。もっとはっきりとしたデータが出るまでやってみなさい。写真が一番の証拠になる」と言ってもらえた。島本教授に自分のデータを信じてもらえたということが嬉しかった。
玉置さんが注目していたのは、イネの開花に関係するといわれている「Hd3a」というタンパク質。それらがどこにあるのかを、顕微鏡写真を用いて調べていた。思うような結果が出ず、諦めかけたこともあった。そのたびに、島本教授から「最後までやろう」と励まされた。その言葉があったからこそ、諦めずに研究を続けられた。
思わぬ業績
2007年春。信じ続けた自分のデータの結果が出た。「フロリゲンはタンパク質・Hd3aである」。2005年の発表を覆す結果となった。この研究結果は、2007年5月のScience誌に掲載された。日本人に一番身近な植物イネを使って、世界中の研究者に衝撃を走らせる発表をすることができたのだ。「信じられない」。それが最初の感想だった。
初めて、第一執筆者として出した論文が科学の最高峰といわれる雑誌に載り、念願の博士号も取得した。1年間卒業を遅らせて、自分の研究にこだわった甲斐があった。「あきらめなかった、そして信じてくれる人がいたからこそできた研究」と玉置さんは振り返る。基礎からしっかり学べるカリキュラム、研究に没頭できる環境、そして何よりも自分を信じてくれる人に出会ったからこそできた発見であった。今後もずっと研究に携わっていたいと願い、今日も植物を使って花が咲くしくみの研究に励んでいる。(文・尾崎有紀)

04/04: 総合研究大学院大学(国立遺伝学研究所) / 広海健 教授
総合研究大学院大学(国立遺伝学研究所) / 広海健 教授
ポスドクとしてスイスへ渡った後、アメリカを中心に13年間の海外生活を経験した。帰国して日本の研究環境に身を置いてみると、日本と海外の違いが見えてきた。「研究の質」そのものに差があるわけではない。しかし、研究成果を測る「論文の質」は欧米諸国に劣る。「次世代の研究者がグローバルに活躍するために自分ができること」を広海教授は遺伝研で実践する。
遺伝学との出会い
神経幹細胞がどのようなメカニズムで多様な神経細胞を生み出すのか、神経細胞はどのような原理で神経回路を造りあげるのか。広海教授の研究室ではショウジョウバエを用いて神経発生に関する研究を行っている。「ショウジョウバエの研究者には2つのタイプがいると思う」。それは、子どもの頃から自然や生き物が大好きな虫派と、物事を定義してしくみを理解しようとする理論派である。物理と数学が得意で、大学では物理学を専攻した広海教授は間違いなく後者だ。
遺伝学に興味を持ったのは、東京大学の学部時代に出会った一本の論文だった。東京大学名誉教授であり、前(第7代)遺伝研所長である堀田凱樹氏が、1972年、Nature誌に発表した論文がそれだ。
まだ分子生物学の手法がないにも関わらず、発生・行動などの高次機能に関係する遺伝子が体のどの部分で働くのかということを「古典」遺伝学の技法を巧みに応用して決める手法が記されていた。「論理を駆使することでこんなことがわかるのか」。大学院では堀田氏の研究室で研究に取り組んだ。
存在価値を最大限に発揮する
「教授採用時の発表論文の少なさでは遺伝研の記録保持者かもしれません」。博士号取得後、スイスのバーゼル大学を皮切りに海外で研究を続けた。アメリカのプリンストン大学でアシスタントプロフェッサー(助教授)を務め、次のポストを探していたときに参加した日本の学会がきっかけとなり、遺伝研へと活動の場を移した。論文の「数」だけでは計りきれない広海教授の価値を、遺伝研は見出したのだ。遺伝研で自分は何ができるだろうか。その答えは研究成果を出すのはもちろんのこと、海外経験を活かして遺伝研の活動に必要な新たなしくみを創り出すことだった。
「日本も欧米もサイエンスのクオリティーは変わらない」。ただし、アウトプットの方法,たとえば論文の書き方に,やり方や考え方の違いがあると感じた。特にアメリカでは、どう論文を書けばよいのかということを徹底的に教えている。良い論文を書くのは業績を上げるためだけではない。「他の研究者を刺激して優れたフィードバックを得るためである」。
着任後すぐに英語論文書き方講習会の開催を提案した。「余計なことをしている暇があれば研究をしろ、と言われるかと思っていたのですが、他の教授陣もとても協力的でしたね」。遺伝研の大学院教育の特徴である英語教育がここから始まった。
独創性=個性を伸ばす
広海研究室の壁には「創造性・実験・論文発表」の3つのスイッチが常にONになっている「猩猩蠅(しょうじょうばえ)実験室制御盤」が取り付けられている。遊び心溢れるこの制御盤から、広海教授の研究や教育に対する真摯な姿勢が垣間見られる。「しくみとして学生に教えられないものと、教えられるものがあると思う。独創性を教える方法なんてあるのだろうか」。独創性は個性と言い換えることができる。だからこそ、教えるのではなく伸ばしていきたいと考える。そのために、学生と向かい合い、質問と回答を繰り返す中で学生自身の思考を深めていく。
多くの人に適合する教育カリキュラムも大切だが、もっと重要なのは、個別の対象に合わせて柔軟に対応できるしくみを活用して、学生の可能性を最大限に引き出すことだ。優れた教育研究環境と遺伝学の特徴を活かした遺伝研教育の核に広海教授は立つ。

04/03: 清水国際特許事務所
清水国際特許事務所
研究現場に密着した特許事務所
国や企業の研究所が集積する研究のメッカ、つくば。研究とのつながりの深いこの地で、清水国際特許事務所は国内外の研究成果の実用化に精力的に取り組む。
実務を担う職員の多くは研究経験者であり、同所の最大の特徴はここにある。技術職員の8割以上は修士課程、博士課程の修了者。創立者の清水氏自身も、薬学博士と弁理士というバックグラウンドをもつ。同所では「研究経験者」を積極的に採用し、様々な分野の研究成果を実用化に導く。国内外の主要バイオ研究機関を中心として多くのクライアントを有し、研究現場に密着した業務を行っている。
「特許取得」のさらに先へ
近年のヒトゲノム解読をきっかけに、バイオ関連の特許出願は世界的に増加傾向にある。同所が中心的に扱っているバイオ分野においては、一つの発明が基幹技術となる可能性が高く、その発明の特許取得が重要視されている。発明の特許取得においては、研究成果にいかに付加価値を付けられるかが重要となる。また、取得した特許を、事業化し社会に還元していくことも大切である。どんなに価値ある特許も、社会において実用化されなければ、研究室に埋もれて眠っているのと同じだ。日々生まれる研究成果に付加価値を付けて特許化し、少しでも多くの発明を実用化し社会に広めていく…清水国際特許事務所はそんな視点から、研究者を支援する。
研究経験が活かせる職場
「特許事務所」といえば、「複雑な特許出願や特許権取得の代行業務」というイメージを持つ方も多いのではないだろうか。しかし、ただ、発明を正確に書き表し、手続きを行うだけが仕事ではない。特許出願に際しては、研究者との対話や研究資料から、発明の中心概念を見抜き、将来の研究動向やビジネス動向を踏まえた上で、特許で保護すべき発明概念を適切に文面化しなければならない。案件によっては、英語の文面からその意図を汲み取らねばならない。足りない根拠を補い、また、発展見解を付与すべく、研究者に新たな研究戦略や解決策を提案することもあるという。まさに、実験データをにらみ続けた「ナマの研究経験」が活きてくるといえる。もちろん、業務には特許出願あるいは権利取得や維持のための法律的な知識と経験が不可欠だ。しかしながら、それらの能力は、同所での実務を通じて身につけることも十分可能である。一見地道とも見える特許に関連する業務の向こうにあるのは、「科学の発展と社会への還元」という大きなゴール。特許業務の経験は問わない。重要なのは、「研究成果に付加価値を付けて世の中に送り出す」という想いだ。清水国際特許事務所は今、そんな高い意識を持った人材を求めている。
関鉄つくばビル6階
TEL 029-841-2001(代表)

04/02: 株式会社ネオ・モルガン研究所
株式会社ネオ・モルガン研究所
サイエンスの追求から生まれた技術
「進化には時間がかかる」。この当たり前だと思われていることを覆す「生物の進化を速める技術」が株式会社ネオ・モルガン研究所の持つ基幹技術の特長だ。進化論を通して生物を理解しようという試みの中から生まれてきた技術が、新たなビジネスを創りだしている。
バイオ分野では、抗生物質をはじめ様々な有用物質が微生物を用いて作られている。長い年月をかけて選りすぐってきた菌株は企業や研究機関にとって宝ものだ。しかし、同社の「不均衡変異導入法」という「分裂時の突然変異率を飛躍的に加速する技術」を使うことで、常識を覆す速さ、かつ、従来の遺伝子組換え技術だけでは難しかった有用な性質を持つ生物を手にいれることができるという。最近の成果としては、廃材を資化する「バイオエタノール生産酵母の育種技術開発」が、今年度、科学技術振興機構の「革新技術開発研究事業」に採択され、様々なメディアに注目されるなどビジネスの種は実を結びつつある。
生物に共通する進化の機構を利用したこの技術は、微生物に留まらず、植物やマウスなどの動物でも適用できることが証明されている。医薬・食品・エネルギー・農業など多岐にわたる分野の技術と融合できる潜在能力を秘めており、既に数多くの研究が企業や公的機関で進められている。
自分で事業を創りだす
様々な産業分野で利用可能な技術。その躍進の鍵を握るのが研究経験を持つ事業開発スタッフの活躍だ。同社のコア技術は、特定の化合物というような「成果物」を作り出すものではなく、「成果物を生み出すための方法」。クライアントに提案する事業計画は無限にある。実際に研究をしてきたからこそ生まれる自らの発想力が事業化の要となる。ここに、同社の事業開発職の面白さがある。
さらに、事業化を進めるためには、事業計画を提案するだけでなく、契約、知財権利の交渉、共同研究のマネジメントまで全ての業務に関わることが必要とされる。期待通りの研究結果になるとは限らない。研究を軸に時々刻々と変化する状況を、全体を俯瞰できる冷静かつ幅広い視野が事業開発職には求められるのだ。
経験より大切なものがある
「クライアントにシンプルだけれども、根源的な自社の技術を信じてもらえるとうれしい。そして、クライアントの持つシーズの可能性を引き出して、事業としてよりよい形でアウトプットできることにやりがいを感じる」代表取締役兼事業開発リーダーの藤田氏は事業開発職の魅力をこう語る。同社の事業開発職には新卒・ポスドクなど様々な経歴の持ち主が集まっている。彼らに共通するのは、「自分の頭で考えて行動する、セルフスターターな人」ということだ。「新しい事業を生み出していくのだから、最適な進め方がどれかもわからない。もちろん最初からできる人などほとんどいない」と藤田氏は考える。重要なのはクライアントに技術の魅力を伝えるコミュニケーション能力。クライアントと技術をとことん調べる情熱を持っていれば、生物の持つ可能性に挑戦する機会は無限だ。同時にそれは自身の可能性を試す場所でもある。研究経験を活かして幅広いビジネスシーンで活躍したい人にとって、同社の事業開発職は最適な職場となるだろう。
04/01: 21世紀の難題解決の鍵となるユーグレナ
株式会社ユーグレナ
21世紀の難題解決の鍵となるユーグレナ

世界初!ユーグレナを商品化
植物のように光合成を行うと同時に、動物のように動き回る微生物「ユーグレナ」。
ユーグレナは、アミノ酸、ビタミン、ミネラルなどの栄養素をバランスよく豊富に含む生物であるため、かねてから健康食品や宇宙食、飼料としての応用が期待されていた。しかし、光、温度、攪拌速度などの培養条件が他の微生物に比べると難しいため、大量培養ができず実用化には至っていなかった。
同社は2005年8月の設立より、大阪府立大学、東京大学との共同研究を重ね、培養条件の検討と大量培養技術の確立のための研究を続けてきた。その結果、2005年12月、誰も成し遂げられなかったユーグレナの大量培養についに成功。翌年4月には、世界で初めてユーグレナを商品化し、サプリメントとして販売を開始することができたのである。
新たな事業で未来を切り開く
ユーグレナは食品として利用できるだけではない。サプリメントの販売事業を軌道に乗せ始めた同社が今後展開しようとしているのが、ユーグレナを用いたCO2固定事業だ。
ユーグレナは、熱帯常緑樹林の約10倍という高いCO2固定化能力を持っている。その能力は、東京ドーム一杯分のユーグレナで、火力発電所20カ所が一年間に排出するCO2に相当する3140万tを全て固定することができるほどだ。地球温暖化の問題が深刻化し、その主な原因であるCO2排出量の削減が必要とされているのは周知の通り。それに伴いCO2排出権取引も行われ始めた。同社は、工場などから排出されるCO2を、ユーグレナを用いて固定する事で排出量の削減を目指す。
CO2固定事業は地球温暖化の防止に貢献するにとどまらない。3140万tのCO2が固定されると、約3850万tのユーグレナを回収する事ができる。実は、ユーグレナは体内に重油状物質を含んでいる。それを回収したユーグレナから抽出するとエネルギー資源として、また種々の有機合成の材料として利用する事ができる。もちろん、重油状物質を抽出した残りは食糧、飼料として利用することが可能だ。
つまりユーグレナをCO2固定に用いる事は、エネルギー問題と食糧問題をも根本的に解決する循環系の構築につながるのである。
求められるのはチャレンジ精神
CO2固定のためや、エネルギー資源としてのユーグレナの応用研究はまだ始まったばかり。これを実現させるためには、バイオを中心に石油工学、有機化学など、様々な分野を横断した研究と、それを担う人材が必要だ。
「自ら考え、技術を作り出せる人が集まって会社が大きくなっていく。その結果、地球温暖化や食糧問題が解決されればこんなにうれしいことはない」。同社代表取締役の出雲充氏は目を輝かせて語る。
「過去に誰もやったことがない、だからこそ挑戦したい」というチャレンジ精神。「本質的に社会に貢献したい」という高い志。こういった想いを持つ研究者を、同社は、今、求めている。
03/31: 株式会社スタッフジャパン
株式会社スタッフジャパン
スタッフジャパンの研究職-大手・有名研究機関で働く新しいキャリアの形-
「研究職に就きたい」――理系の人材、特に大学院まで進学し、専門性を身につけた学生であればこう願う人も多いことだろう。しかし、研究者の雇用をめぐる環境は年々厳しさを増している。製薬等の大手企業や国の研究機関などは、特に「狭き門」だ。そんな中、スタッフジャパンは、従来の方法とは異なった“全く新しい形”で「研究職」として就職するチャンスを提供する。「契約社員」として同社に採用された社員は、理研や産総研を始めとする大手研究機関へ派遣され、研究を行うことができるのだ。
万全のサポート体制
同社の研究職として採用されると、社内のサポートスタッフと相談の上、派遣先の選定が行われる。個人の適性だけでなく今後のキャリアを重視するため、学生時代とは異なる分野で研究を行うケースもある。同社では、派遣後も2ヶ月に1度、サポートスタッフとの相談の場を設けるなどの手厚いサポートを行っている。社員はきめ細やかなサポート体制のもと、一流の研究機関でじっくりと自分の研究スキルを磨くことができるのだ。
また、別々の勤務地に派遣される社員のために、同社では、社員同士の交流の場を多く設けている。同期と悩みや喜びを共有し、刺激しあいながら、人間的にも成長することのできる環境が整えられているのだ。
研究者としてのステップアップを実現する
スタッフジャパンの研究職の最大の特徴は、一般派遣の研究員とは全く異なる雇用形態にある。同社の契約社員であるため、給料は派遣先に関わらず固定給であり、残業代や賞与なども完備されている。年次契約更新だが、「今までに、こちらから社員に契約の終了をお願いしたことは一度もない」と話すのは、テクノサイエンス事業部の宇梶部長。年次契約形態を取るのは、研究現場で腕を磨いた社員が、契約満了後に、派遣先等で正社員として働くという次のステップへと進みやすくするためだ。実際に、恵まれた環境を活かし、正規雇用の研究者へと自身のキャリアを進めた社員もいる。
同社の求める人材は、特定分野を極めた優れた技術者ではない。「研究が好き」、その気持ちを強く持った「研究者のたまご」なのだ。「どうしても研究者になりたい」。そう願う人はスタッフジャパンで研究者への扉を開いて欲しい。

03/30: 株式会社ナノエッグ
理想のかたちはいくつもある DDSの可能性
DDS研究から生まれた化粧品
売上げの確保に至るまでが正念場だといわれているバイオ業界において初年度から黒字経営を行なう株式会社ナノエッグの存在はきらりと輝く。
現在500社を超えるバイオベンチャーの多くが、設立から数年という年月を研究開発に費やす中、同社は2006年4月の設立から1年を待たずに順調な売上げを確保している。中心となるのは独自技術のDDS(Drug Delivery System:ドラッグデリバリーシステム)「ナノキューブ」を利用し、大手エステティックサロンとの共同開発により昨年11月に発売した化粧品だ。聖マリアンナ医科大学難病治療センター内のDDS研究室発のベンチャーとして薬剤の治療効果を高めたり、副作用を軽減するためのDDS研究から生まれた最先端技術を化粧品に応用した。
既存の薬効成分を効果的に標的部位へ届けるためにどうするか。特定物質、特定手法ではないDDSだからこそ、目指すゴールは舵取り次第で無限にある。化粧品もそのひとつ。ここに企業として取り組む面白さがある。
「切り替え上手」が推進力
「やると決めたらできることは何でもします。ポストもプライドも私たちには関係ないから」。代表取締役社長・山口葉子氏がさらりと言った。隣で代表取締役会長・五十嵐理慧氏が頷く。大学の教員である二人の女性経営陣は、事業化を目指すと決めたときから自社の技術を売り込むために、大手製薬企業からベンチャー企業まで、営業に駆け回った。その数は50社を超える。お客様相談センターに問い合わせの電話をかけたこともある。立場やこれまでのプライドに捉われることのなく意識を切り替え行動に移す軽やかさが、同社の躍進につながっている。
「成功するまで諦めない。理想のかたちはいくつもあるから、成功するまで様々な角度からアプローチします」。山口氏は社員を前に宣言した。研究者、主婦、大学教員を経て経営者として活躍を始めた二人。様々な境遇に順応してきた経験をもとに、これから遭遇するだろう難局も柔軟な姿勢で切り抜けていく。「常に楽しくて正しいと思う方向へ進みます」。五十嵐氏が語る決意は強くしなやかだ。
異分野交流が生み出す技術の「卵」
研究のバックグラウンドは不問。専門分野を極めるバイオベンチャーらしからぬ採用条件に対して「視点が異なるからこそ見えることがある」と山口氏は自信を見せる。そもそも山口氏がDDS研究を始めたのは、物理学で博士号取得後、主婦を経てポスドクをしていたときに参加した日本膜学会がきっかけだ。自身の専門である物理学の知識が、生物学の分野でも応用できることに気づいた。実際、「ナノキューブ」は物理学で研究してきた「液晶」と皮膚の「細胞間脂質」の共通点に着目したことが開発につながった。
同社には、理・工・農・獣医・薬学といった多様な専門知識を持つ研究員が集まる。この多様性こそが、社名「ナノエッグ」に込められた「新たな技術の卵を次から次へと生み出し続けたい」という想いを実現する手段なのだ。「次に生まれてくる技術は、ナノエッグやナノキューブとは全く方向性が異なるかもしれない。でも、それが楽しみなんです」。と話す山口氏から笑みがこぼれる。新たな事業を生み出すための柔軟性は既に培われている。目指すところはひとつではない。新たに生み出される技術、生み出す研究員が同社の次の核になる。
03/29: 総合研究大学院大学(国立遺伝学研究所) / 相賀裕美子 教授
総合研究大学院大学(国立遺伝学研究所) / 相賀裕美子 教授
研究の話は真剣にする。悩み事は明るく笑い飛ばしてくれる。相賀教授には周りの人をひきつけて離さない魅力が溢れている。相賀教授の研究室はいつも賑やかだ。
多様な研究経歴がもたらす自信
「あれも、これも、やってみたい実験や試してみたいアイディアがいっぱい」。面白いことを見つける才能には自信がある。
相賀教授は博士号取得後、ニューヨークのメモリアルスローンケタリング癌研究所でポスドクとして経験を積んだ。帰国後は理研筑波研究所を経て万有製薬筑波研究所で企業研究者となり、その後厚生省の国立医薬品食品衛生研究所を経て現在に至る。このように、教授の経歴は変化に富んでいる。
変わり続ける環境の中を持ち前の明るさとコミュニケーション能力で進んできた。「回り道だったかもしれない。けれど、無駄なことはなかったかな」。それどころか、得られたものは計り知れない。変化を恐れない強さが相賀教授の武器だ。
偶然の発見からの躍進
現在のテーマは発生現象の遺伝学的解析。発生現象といっても様々な段階がある中で、生殖細胞、体節、心臓・血管系の形成機構解析を3つの柱として相賀教授は研究を進めている。
最初に取り掛かったのは企業研究員時代に始めた生殖細胞の研究だ。「細胞の中で一番全能性を有しているのが生殖細胞。それがどういう状況からできてきて、その性質をどう維持しているのかをマウスを使って調べてみたいと思ったんです」。
マウスのある特定の遺伝子をノックアウトし、表現形を見ることでその遺伝子の機能を解析するという、当時最先端の手法を使って始めた研究だったが、想像していた結果は全く現れなかった。しかし、ある時予期しないところでマウスに変化が現れたのだ。
「最初は変なところに発現があるな、と思ったくらいなんです」。体節にのみ特異的な発現をもつ遺伝子を発見した。ただ、その時それほど興味を引くものではなかった。
ところが、偶然結果を見せた体節形成を専門とする研究仲間の言葉が状況を変えた。「こんなに面白い遺伝子は無い」。これをきっかけに体節形成を調べてみたところ、相賀教授の興味は湧きあがってきた。研究を続けると、それを後押しするかのように体節形成に関連する研究報告が世界中から続々とあがってきたのだ。偶然から始まった研究が、いつの間にか研究の中核をなすテーマに成長していた。
「掘り下げれば掘り下げるほど他にわからないところが出てきて、答えがひとつではない。そんなところが生物学のいいところだと思うようになってきました」。研究へのモチベーションは衰えるどころか年々高まっていく。研究を語る相賀教授の瞳は好奇心旺盛な子供のようだ。
研究の醍醐味を次世代に伝える
発見の瞬間に立ち会うこと。これこそが研究者の醍醐味だと相賀教授は言う。一度味わうと、必ずまたこれを求めて研究に没頭してしまう。自身の研究に加えて、今、教授を最も刺激しているのは研究室に集まる大学院生・ポスドクの存在だ。
「学生やポスドクはいろんなことを真剣に見つけようとしているんですよ。そのために自分たちで考えて、実験を始めている。それがすごくうれしい。ぞくぞくするような発見を自分の手で見つけてきて欲しいですね」。
同じ研究者として、研究室の学生やポスドクにも研究の醍醐味を味わって欲しいと願う。そのために、ひとつひとつの実験にどんな意味があるのか、次にどういうことをしなくてはならないのか、ということをディスカッションする中で導き出すように心がけている。もうひとつ、ディスカッションの中で心を配っていることがある。それは有効なアイディアを話の中にちりばめておくことだ。「もちろん全部キャッチする必要はない。ベストな方法なんてわからない。でも、その学生なりに何かを見出してくれればいいんです」。発見に遭遇する確率を高める。押し付けるのではない密かな支援を相賀教授は続けている。
「学生のやりたいという気持ちを大切にしたい」。ひとりひとりの学生やポスドクが挑戦できる場所を提供し続ける。その中でのびのびと次世代が育っていく。研究室内に響く相賀教授の声は力強く温かい。










